「製造番号1895δ」
それが、俺に付けられた名前だった。
実験台何番目の、どういう種類の動物を入れられた兵器なのか。
ただ、それを識別するだけの名前だった。
でも、ちょっとだけ、その名前が意味を持った。それが少し前のおはなし。
今は…やっぱりただの番号に過ぎなかったんだと、気付いた。

「一回くらい殺してみるかい?
それでも俺は死なないけどね」

殺せ、殺せと教育され、オリジナルを殺すことだけが目的だと刷り込まれ、自分もそれを信じてきた。
それなのに、現実はぐちゃぐちゃで、へんてこりんだった。

「嘘だ!嘘だ嘘だ嘘だ!
いざやは俺の友達だよね?
いざやは俺のオリジナルなんかじゃない!
一緒に住もうって約束した。
無理だってわかってて…あの時笑ってたのか…?」

一昔前まで一緒に笑ってた人がオリジナルで、ずっと信じてきた人は何もかも知っていた。
『そうでなければいい』が積み重なって、それはいつしか現実となって俺の目の前にいた。

「δくん、おいで。
俺のことを殺せと教えられてきたんだろう?
俺さえ殺せば自由になれるんだろう?」

真っ黒な狼は、悲しげに笑った。

「俺はもう、生きるのに疲れたよ。」
「あんたは…我が儘だ…」
「そうだよ。俺は我が儘だ」
「あんたは何でも持ってるじゃないか。
全部本物で全部俺が欲しいものだ」
「力ずくで奪おうとは思わないのかい?」
「…あんたには、いざやには…俺は、勝てない」

何一つとして、本物を持ってない俺には。

「やってみなければわからないよ?」

彼は、いつもみたいに、会話するみたいに、何でもない風に言った。
きっと結果はわかってるのに。
まるで知らないみたいに嘘をつくんだ。

「ずるい。やっぱり、いざやはずるい」
「俺は狡く生きてきたからね。
嫌われるように今までしてきたんだ。
君も、俺のことは嫌いだろう?」

嫌いと好きと、憎しみと嫉みと…
色んなものがぐらぐらと揺れてる俺に、彼は聞いた。
首を縦にふれなかったのは、やはり俺は完璧なオリジナルに近づくこともできていなかった証拠なのかもしれない。

「好きだよ。だって、家族だよって、約束した」
「やれやれ、δくんは人が良すぎるね
霞音もホリィも、君も、呆れるくらい人がいい。
よくもまあ、怪物なんかを家族だって言えるね。俺には絶対無理だよ」
「いざやは、怪物なんかじゃ…」
「いや、俺は怪物だよ。
もしかしたら怪物ですらないのかもしれない。自分だって、自分が何なのかわかってないんだからね。
この世界で俺を定義付けることのできる言葉なんて、何一つ存在しない。
つまり、俺は存在するだけで世界の定義を壊してるんだよ。そんなやつなんて…存在しないほうがいい。そう思わないかい?」

そう思わない、なんて言わせないような雰囲気で彼は言った。

きっと、俺に化け物だって、この人は言ってほしいんだ。
俺はやっとそのことに気が付いた。
違うよって言おうとしたら、彼の方が先に、口を開いた。

「だから、早く、俺を殺してよ」