「ん…」
「お目覚めか?」

土砂降りの中でぶっ倒れたダイスをそのままおぶって、あいつの家まで帰ってきて1時間。
酷く心配する同居人を宥め、上質なベッドに寝かせて、自分の適当に乾かしていた服を着ていた。まだ、少し湿っぽい。
容赦ない雨が豪勢な一軒家にも降り、耳障りな音を立てていた処に漸く人の声がした。
それが久々に誰かの声を聞いたような気がするのだから、不思議なものだと思った。

「頭、痛い…」
「当たり前だ。何度あるのか知ってるのか?いいから寝てろ」
「風邪、うつすと、悪いし…。
それに、水、欲しい」

ふらふらとベッドから立ち上がったかと思うと、脚を踏み外したダイスを受け止める。意外に軽いと思うのは、体格差のせいだろうか。

「水なら持ってきてやる。そこで大人しくしてろ、いいな?」

頷いたことを確認して、部屋を出ようとすると裾が引っ張られた。
何か別に言い残した用件があったのかと思い、ダイスの方を向く。
酷く可愛らしいことをされている気がしたが、そのことについてはあまり触れないことにした。意識してしまうと無駄に甘やかしかねない。

「何だ」
「…別に」
「なら、離せ」
「薬、苦いのは飲まねーからな」
「我が儘は言うな」

くしゃくしゃと頭を撫でてやると、大人しく裾を離したことを確認して、決して見知ったとは言えない一軒家のキッチンへと向かった。
まずは、水。氷を入れ忘れたが、どうせあの雰囲気では飲み干すと思い気にしないことにした。
薬は当然ながら場所がわからないため、同居人に聞いて持ってきてもらった。
そして、同居人が腹を空かせたであろうダイスのために作った粥。
それらを不慣れながらに盆にのせ、そのまま持っていってやる。

「ダイス」

寝ているのかと思ったが、声をかけると目を開けたから、閉じているだけだったのだとわかった。

「んー…?」
「飯、食えるか?」
「ちょっと、だけ」

ベッドサイドに盆をおいて、側に置いておいた椅子に腰掛ける。
ベッドに座り、粥を見つめたまま動かないダイスを見るに、自ら食べる気はなさそうだ。仕方がないと真っ白な蓮華を手にとった。

「口開けろ」
「食べさせてくれるのか?」
「嫌なら自分で食え」
「ううん、ありがと」

少し冷ましてから運んでやると、恐る恐る口にした。
心なしか眉を顰めた気がした。
そういえば、こいつは猫舌だったと思い出す。

「あつい。もうちょっと冷まして?」
「あぁ、わかった。」

今度は後もう少し冷ましてから、口へ運んでやる。

「どうだ?」
「ん、調度いい。ありがとな」
「礼はいいから、早く食って薬飲んで寝ちまえ」
「心配してくれてるんだ?」
「…違ぇよ。調子のるな馬鹿」

また何か紡ごうとした口に、無理矢理冷ました粥を突っ込んだ。
何か文句いいたげな顔でこちらを見てきたが見なかったことにする。知るか。病人はさっさと寝ちまえ。

そのあと暫くは、外の雨の音が聞こえるほどに黙々と俺が冷ましてあいつが食い続けていた。
そして、何杯目かを食べた後に、ダイスが口を開いた。

「もう、いい」
「そうか。なら、これを飲め」
「…寝る」

もぞもぞと寝る体制に入ってしまったのをみて、こいつは餓鬼かと溜息をついた。

「治らねえぞ」
「寝たら治る」
「いい子だから、あーんしろ」
「・・・あーん・・・」

明らかに、渋々と開けた口に薬を入れてやり、水を渡して飲ませてやる。
余り表情がでないこいつでも、かなり苦かったと予想出来る顔をして、少し乱暴に透明なコップを置いた。
ご機嫌ななめになってしまったらしい。

「おやすみ。俺もう寝るから」
「あぁ、おやすみ」

部屋の柔らかい明かりを消して、随分と止みはじめた、それでも雨の降る外へと窓から飛び降りた。
明日、様子見に行ってやる時には甘い風邪薬でも持って行ってやろうと思う辺り、俺はあいつを甘やかしているのかもしれない。




(昨日の雨なんて嘘みたいな天気だ)
(それより風邪はいいのかよ)
(へえ、心配してくれてるんだ?ありがとう)


お題配布元:「確かに恋だった」