いつだって此処は青く、澄んだ空だった。
相変わらずの茶会日和の下で、今日も帽子屋は一人、お茶会の準備をしていた。

「今日は、誰か来るだろうか」

鳩の脚につけて飛ばすのは、大抵気まぐれな友人への伝言か茶会の招待状。
今回は勿論、後者の方だった。
数羽の鳩が空を飛び、一瞬空が白くなる。
全部が何処かに招待状を届けに行ったのを見届けると、彼は再び準備に戻った。


その頃、一人の少年が、薔薇園を散歩していた。
余程赤い薔薇が好きらしい。種類は違えども、彼の家は赤薔薇に囲まれていた。
そこに、真っ白な鳩が彼の側に止まった。

「珍しい。此処に鳩なんて…」

彼は珍しげに鳩を見ると、脚に括られた紙に気がついた。
さて、自分の友人及び知り合いにこんな真似をする人物が居ただろうか。彼は考えた。
いや、居ない。彼らなら、もっと悪趣味な真似をするだろう。それならば、人違いだろうか。
しかし、この鳩は明らかに「それ」は自分宛だと言っている。
そこまで考えて、彼は、人違いだったら人違いだとその旨を差出人に伝えてあげよう。という結論に至った。
丁寧に鳩から手紙を受け取り、恐る恐る開けてみる。

「招待状?」

差出人は聞いたことすらない赤の他人。
宛先は無し。ないどころか、ありとあらゆる人に送った気配すらある。
茶会の時間は午後3時、窓から確認すると、もうそろそろ時間になりそうだ。
ご丁寧に地図まで添えてあるのだから、これは行かないわけにはいかないだろう、とついて来いと言わんばかりの鳩を追って駆け出した。
時にはこんな、気まぐれもいいかもしれない、と思いながら。

***

茶会の準備をしている隙に、ふと現れた友人は、独りでに話してクッキーを食べて帰っていったようだ。
今日はマフィンよりクッキーの方が美味しいね、と言っていたが、あいつは此処でマフィンを食べたことがない。
少しばかり減ったクッキーを足していると、芝を踏んだ音がした。
珍しい。客人だ。

「あんたが、シャペルさん?」
少年の声だった。それもかなり幼い。 それでも、何故かかなり大人びた印象を感じた。
シャペルは、実際、見た目以上の年齢なのかもしれない、と思った。

「あぁ、そうだが…」
「茶会、参加させてもらってもいいかな?」
「勿論だ。いらっしゃい・・・・おっと、名前を聞いていなかったな。」
「Holy、だよ」
「いらっしゃい、Holy
ゆっくりしていってくれ。」
「うん、ありがとう」

Holyは、にこり、と愛想よく笑った。

「ところで、帽子を掛けるところはないかな?
このまま被っておくわけにも行かなくて・・・」
茶色のキャスケットを脱ぐと、困ったように彼はいった。
そういえば、つい先ほど彼は此処に来たばかりなのだと思い出す。
久々の客人に無意識のうちに少し、浮かれていたのかもしれない。まったく、私らしくない。

「私が掛けておこう」
「あ、ありがとう。」

彼の帽子を受け取り、私の席の後ろにある帽子掛けにかけた。
あまりまじまじと私物を見るのも失礼になると思ったが、少しばかりこのキャスケットに興味が湧いてしまい、掛けながら少しながら観察してしまった。
やはり、これは良い帽子らしい。
彼は帽子が好きなのだろうか。

「ねえ、」

ふと、声を掛けられて我に返った。

「僕の他にも、誰かくる?」
「…いや、誰も来ないだろうな」
「それならさ、もう始めようよ。
時計は壊れて三時で動かなくなっちゃったし、誰もこないんでしょ?」
「そうだな、始めるとするか。
紅茶は何がいいだろうか」

少し考えてから彼は言った。

「アッサム、かな」
「すまない、それは今切らしていてな」
「んー、じゃあダージリンかライトピュアかな」
「わかった。それならダージリンにしよう」

久々にダージリンの缶の蓋を開け、お気に入りのポットに茶葉をいれる。
最近は、友人の趣味でアッサムかアフタヌーンの缶しか開けていなかったようがした。
ふわりと周りに良い香が広がり、嗚呼、茶会が始まったのだと何処か他人事のように感じる。

「ミルクは必要か?」
「そうだなあ・・・
せっかくのダージリンなんだし、ストレートで貰おうかな」
「ああ、わかった。」
「それにしても、このマフィン美味しいね。あなたが作ったの?」
「いや、それは私の友人が作ったものだ。私はこうして茶会を開いて紅茶を淹れるだけに過ぎない。」
「そう、なら僕と一緒だね」

そう言って、Holyは先ほど淹れた紅茶を飲んだ。
紅茶のソーサーのすぐ側には、半分ほどしか残っていないプレーンのマフィンが置いてあった。
彼がその動作をしている間の、不気味なほど静かな一瞬が過ぎると、陶器同士がぶつかる音がして、また、この空間に音が戻ってくる。
マフィンを咀嚼する音や、クッキーが割れる音、ソーサーにカップを置く音・・・
時折声がして、それに対して受け答えする。お互いに満足すると、また、最低限の音しかしない空間に戻る。
決して嫌な静寂ではない、とシャペルは思った。逆に、どこか心地好い静けさだった。
その音に少し、耳を傾けていたときだった。

「シャペルさん、僕らの世界は今、何時なのかな?」

シャペルは少し、考える素振りをみせた。

「そろそろ5時かもしれないな」
「もう、そんな時間?
いい加減帰らないと心配されちゃうかな。」
「そうか。気をつけてな」
「また来てもいいかな?」
「勿論だ。いつでも来てくれ」
「じゃあね、ばいばい」
「ああ、さようなら」

キャスケットを手渡すと、Holyはにこりと笑って飛ばした鳩を追い掛けた。
彼の背中を視線で追いながら、つくづく不思議な少年だった、と思った。
こんなイカれた茶会に、また来たいだなんて・・・。









(シャペル、今日は随分とご機嫌だね)
(…リューグナー、何度も言うが正面から入って来い)