「十六夜、ずっと前からきみのこと、好きだったんだ」
「…は?」
「勿論、きみは僕のこと好きだよね?」
「ど、どうしたのホリィ?え?」
「好きなんだ、十六夜。僕は本気だよ」

ホリィにキスされそうになったところで、目が覚めた。質の悪い夢。
何気なく窓から空を見上げれば、太陽は空の真ん中にいた。
…嗚呼、もうお昼か。
ふと、萎れた薔薇の花束が目に入った。
δくんが、今日は任務だからと言っておいていったもの。
貰ってからすぐに水につけなかったのが原因だろう。また朝ご飯でも食べたらしておこう。
彼がみたら傷付いてしまうだろうから。

と、そこで一階が騒がしいのと目の前の花束であることに気が付く。
今日は百何十回目の誕生日だ。
しかし、王鴉は人の誕生日なんて騒ぐタイプではないし、霞音はあの性格だからそれはない。雨鈴も一人で騒ぐようなことはないだろう。
つまり、俺の予想外のことが起こってるのか、それとも他に誰かいるのか、だ。
俺にそんな友達がいればの話だけど。
一人思い浮かぶけれど、今はあんまり思い出したくない。さっきの夢のおかげで。

「…おはよう」

嫌な予感からあまり部屋から出て行きたくはなかったけれど、いつかは出なくてはならないと思って、嫌がる脚を無理矢理動かして一階へいく。

「おはようございます。」

これは王鴉だ。

「あぁ、おはよう」

この声は雨鈴。

「HAPPY BIRTHDAY!」

ぐしゃり、と目の前から嫌な音がして、予想通りだったと確信した。
視界が急に真っ白に染まって、甘ったるい香りが鼻につく。
一瞬何が起こったのか理解できなかった。否、しなくなかった。
とりあえず、本当に想像通りのものか確認のため口の周りのものを一口…なかなか美味しい。

「ホリィ、これは一体どういうつもりだい?」
「誕生日ケーキだけど?」

あたかも当然のような口調だ。
誕生日ケーキは投げるものだっただろうか。昔の記憶を辿ろうにも、『誕生日ケーキ』なんてものが自分の誕生日に出た記憶はなかった。
それでもそれは投げるものではないと思っていたけれど…何十年かするうちに変わってしまったんだろうか。
ちょっと不安になってきた。

「ねえ、誕生日ケーキって、投げるものだったっけ…?」
「いや、違うけど」

…やっぱりか。

「俺って祝われる側の人間だよね?違ったっけ?」
「え、何それ祝ってほしいの?」
「あ、うん…?もしかして、祝って、くれない…んだ…?」
「ケーキお化けはとりあえず顔拭いてきたら?そのまま居られると、そうじ大変なんだけど」
「…はい…」

おかしい。
俺ってみんなに祝われる立場の人間だよね?
誕生日ってそういう日じゃなかったっけ?
顔についたケーキをおとしに洗面台に向かいながら思った。
そして、ぬるぬるした顔を洗いながら、この際、誰もとめなかったこととか、ホリィがこの場にいることとかは全部気にしないことにしようとも、心のなかで誓う。
とぼとぼとお蔭様ですっかり光り輝やいた顔をしながらリビングにもどる。
もういやだ…今日はきっと厄日だ。

「十六夜、」

椅子に座ろうとしたら、王鴉に呼び止められた。

「…?」
「お誕生日おめでとうございます」
「あ、ありがとう」
「貴方がこの間、生きることに疲れたとおっしゃっていたので色々と作ってみたのですが…」

間違いない、これが彼からの誕生日プレゼントだ。
念のため確認しておく。

「まさか、それが誕生日プレゼントとか、言わない…よね…?」
「いいえ、私からの誕生日プレゼントですよ」

にこり、と愛想のいい笑顔をした。
要約すると誕生日プレゼントに殺してあげますねってこと、だよね?
さすがに今この瞬間死ぬわけにはいかない。
ホリィには今さっきの借りが出来たから。

「気持ちだけ、受け取っておくよ」
「おや、そうですか…?」

みるからに残念そうな彼を見なかったことにして、椅子に座る。
ついでに視界の端で、機嫌良さそうにうさぎを抱きしめている三十路のピーター・パンも見なかったことにしておこう。

「…おい」

今度は霞音からだ。
目の前にブラック珈琲をおきながら声をかけたらしい。

「それが誕生日プレゼントでいいよ。」
「本当の誕生日はいつだ」
「は?」
「もう騙されないからな…!
そう俺が何度も騙されると思ったら大間違いだからな!」
「あ…うん…?」

なんか、本当のことで凄い怒られた気がする。
意外とそういうの気にするタイプだったんだ?
相変わらず霞音は乙女だなあ。

「いや、今日なんだけど…本当に…」
「その嘘はもう聞き飽きた」

だめだ。話にならない。
言葉が通じない人だって、もっとまともに会話できたはずだ。

「教え気がないなら、もう、いい」
「…うん…ごめんね。」

この際彼には誕生日教えると爆発する病気だとか、そういうことにしておいた方がいいんだろうか。
もしかして明日もう一度言ったら、霞音の誤解は解けるんだろうか。
半ば諦めながら、ブラック珈琲を口にした。
ほどよい苦味と酸味のする、雨鈴がいれた珈琲の味がした。
彼からの誕生日プレゼントがこの珈琲だとしたら、プレゼントのなかで一番嬉しかったものだ。
それとも彼も後から何かあるんだろうか。

「…十六夜?」

考えていたら、今度は隣から声がした。

「誕生日ケーキありがとう、ホリィ」
「気に入ってもらえて何よりだよ。
お蔭様でお肌つるつるでよかったね」
「甘いケーキの香りもつけてもらって、本当に嬉しいよ」
「その香り、十六夜にピッタリだよ!」

お互い笑顔で皮肉を皮肉でかえす。
絶対5月16日に、誕生日ケーキをぶつけてやろう、この瞬間、心に決めた。
どうせだから、たっぷりイチゴがのったケーキを渾身の力を込めてぶつけてしまおうか。
遠距離から狙うのも悪くない。
ホリィの話を適当に受け流しながら聞いていたら、幻聴が聞こえてきた。

「十六夜、本当に生まれてきてくれてありがとう」
「…………ごめん、もう一度」
「まったく…聞いてないと思ったけど本当に聞いてなかったんだね。
十六夜、生まれてきてくれてありがとう」
「ホリィ、聞き間違えた。」
「キミ、もう歳だね。いい?
十六夜、生まれてきてくれて、ありがとう」
「頭でも打ったのかい?」

いくらエイプリルフールといえども、悪寒が走る。
俺は千花くんじゃないんだから…!

「僕は大丈夫だよ?
それよりキミが頭打ったんじゃないかと心配なんだけどね」
「あ、ああ…」
「じゃあ、改めて…
十六夜、HAPPY BIRTHDAY!」

バン!
再び視界が真っ白になる。
…うん、なんていうか、ちょっと感動した一瞬を返して欲しいかな。
朝一に味わった甘いケーキのにおいを感じながらそう思わずにはいられなかった。




HAPPY BIRTHDAY
(……………ありがとう、ホリィ)
(ケーキ好きなんでしょ?よかったね)
(…エイプリルフールなんだし、冗談くらい通じてよ)