雨が上がった。
ぽたぽたと屋根の雫が落ちる音に混じって、足音が聞こえる。
人間のものではないそれは、聞き慣れたものだった。
「のあ!」
勢いよく開けられた扉と、声。
銀の毛並みと雨粒が、光をうけてきらきらと反射していた。
そして、その足元には、ブーケ。
「いらっしゃいませ、δさん」
「お誕生日おめでとう!のあ!」
頭を撫でてやれば、ふにゃりと笑って彼はそれを押し付けた。
ああ…誕生日、でしたか。
彼の恋心を受け取ることはできないが、それと同時にこれを受け取らなければそれは失礼になるだろう。
残念だ。彼に確かに「興味」はあるというのに。
不完全な存在でありながら、確かにそこに存在し、生きているその曖昧な「生」は、研究対象として酷く興味深い。
「……?どうしたんだ?のあ?
難しい顔して…」
「あ、あぁ…失礼。
ありがとうございます、δさん」
この言葉が嘘か本当かわからないまま、彼はうれしそうに笑った。
きらきらと笑う彼は、酷く眩しい。
「じゃあ、また」
「ええ、また」
やはり、受け取った紺色のブーケからは、花の匂いはしなかった。
黄色の花はトサミズキをモチーフにしてあるのだろうか。
恐らく彼は、無自覚…でしょうね。
ぱたんと完全に閉められた扉と、遠くなった足音を確認して言った。
「十六夜」
「へえ…王鴉ったら、彼に愛されて………?」
紅色は、差し出したブーケに疑問符を浮かべた。
彼は差し出されるがままに、それを受け取る。
「処分しておきなさい」
「…了解」
また、空が暗くなってきた。
*
軍のすぐ近くにある、ちいさなちいさなお花屋さんでそれを見つけた。
紺色で、可愛らしいブーケは一目みた瞬間にこれだ!って思った。
聞いた話によると、これは枯れないお花らしい。
彼は気に入ってくれるだろうか。そう思いながら雨でぬかるんだ道を走った。
「お誕生日おめでとう!のあ!」
うまれてきてくれて、ありがとう。
言うだけ言って、恥ずかしくって、そのまま飛び出してしまった。
ありがとうございます、その言葉がたとえ嘘だとしても、本当に嬉しかった。
きっと、彼は俺のことを見てくれないけれど、淡い淡い恋心を込めたブーケでちょっとだけでも見てくれたら。
ふと見上げれば、灰色になってきた空。
このままでは雨に降られてしまうかもしれない。
そう思っていたら、ぽつり、ぽつりと雨が頬を濡らした。
雨の日のブーケ
(嗚呼、空も泣いているんだ)
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トサミズキは3月18日の誕生日花で、花言葉は愛
王鴉さんお誕生日おめでとうございました!